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2006年12月19日 (火)

クダラナイギモン

(たまたま)2月4日の記事の続き・・・

ふと思う

人間はそれぞれがまったく違う個人、個体

それぞれが個性を持ちながら、様々な考えを持つ

おのおのいろんな感情をいだきながら生活し、日々を重ねる

でも、そんな人間ひとりひとりには明確な存在理由があるのか?

ほんの僅かな差によって生死が分かれる

なぜ死んでしまうのか?

また、なぜ生き延びるのか?

膨大な年月とともに存在した、時間という概念など希薄な命

そんな人間は何のために存在するのか?

他の生物は?

地球という物体は何のためにあるのか?

その地球を含む宇宙とは?

そして、今こうしている時間とはいったい・・・

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コメント

各々が、その意味を模索しながら生きて死んでいく…でも実際は、そんなに深く考えないで生きている人もいるのも事実。
そんな人の方が幸せだったりもする。
どうでしょう?もし近い将来地球が滅びる…と判ってから、子供を作ろうとする人がいるかな?つまり、希望があるから未来に命を繋ごうとしているのでは?限りある命を…長々ごめんなさい

こんちは
「もし近い将来…」なんてことになれば、希望はなくても刹那的に「行為」はするでしょうね、確実に。第2次世界大戦中の「出征前に、一夜だけでも…」的なヤツ、シンデレラ・エクスプレス的?とでも言いましょうか。
でも、仮にそういう危機になっても、なんとか乗り切れますよ、俺が保証します。
疑問に思うのは、そうやって人間が、世界が行き着く先には「何が待っているのか?」って事です。
「別になんもなりゃしねーよ!」みたいなオチだったりしてね?えてしてそういうもんなんじゃないか?とも思うわけで…

あっ忘れてた!
異邦人さん、重複のコメント片方削除しましょうか?
手数料100円ですけど… 貸しにしときますよ、へへ(も~、いけず~!)。

かしといて~

まいど~
帳面につけときました

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