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2006年12月 2日 (土)

再チャレンジとはいったい?(偉そうに語るの巻)

過ちを犯すことによって罰を受けるのは当然なのかもしれない

凶悪な犯罪が頻繁に起こり、その加害者が少年である場合も多くなっている現在

少年法や教育基本法の改正によって厳罰化に拍車がかかる傾向は仕方ない事かもしれないが、更生を支援する、促すという側面から考えるとどうなのだろう?

安倍総理の言う「誰もが再チャレンジできる社会」とは、具体的にどのような社会なのだろうか?

どうも、「経済界の再チャレンジ」は応援されても、「社会一般の再チャレンジ」はしにくくなるような気がしてならない

非常識な行いをする方が悪いのは判るが、あまりにも法的規範で引き締めを図ると

「例外を認めない」ような風潮になりはしないだろうか?

ついこの間まで叫ばれた「個性を伸ばす教育」、などといううたい文句は何処へ行ったのか?

「愛国心」がどうとか言う前に、もっと大切な事があるのでは?

まずは、個々が「人としてどうあるべきか」を再確認すべきではないか?

まぁ、正しいと思っているからこそ、おかしな方向にそれるのだろうが

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