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2006年12月24日 (日)

世間の皆さんごめんなさい

家族の皆さんごめんなさい

欲張ってばかりでごめんなさい

生まれたこと、なかったことにしてください

生きたこと、なかったことにしてください

ごめんなさい、勝手なことばかり言って

ごめんなさい、死ねなくて

ごめんなさい

2006年12月19日 (火)

クダラナイギモン

(たまたま)2月4日の記事の続き・・・

ふと思う

人間はそれぞれがまったく違う個人、個体

それぞれが個性を持ちながら、様々な考えを持つ

おのおのいろんな感情をいだきながら生活し、日々を重ねる

でも、そんな人間ひとりひとりには明確な存在理由があるのか?

ほんの僅かな差によって生死が分かれる

なぜ死んでしまうのか?

また、なぜ生き延びるのか?

膨大な年月とともに存在した、時間という概念など希薄な命

そんな人間は何のために存在するのか?

他の生物は?

地球という物体は何のためにあるのか?

その地球を含む宇宙とは?

そして、今こうしている時間とはいったい・・・

2006年12月14日 (木)

硫黄島からの手紙

理不尽、ただただ理不尽

日常と化した不条理

愚かな私達

黙とう

―――――――――――――

トゥモロー・ワールドを観た翌日、「硫黄島からの手紙」を観た

ほぼ全編日本語(伊原剛の下手な英語は気になったが)

主要キャストも日本人

監督が外国人であることも忘れてしまうほどで

日本人でも、これほど「日本人」を忠実に表現できないかもしれない

しかし、「父親達の星条旗」に比べると、「戦争」がストレートに伝わりにくいように感じる

それは、(当時の)日本人の国民性が特異なものだからだろうか?

それとも、日本人キャストの底の浅い演技(失礼)からなのか?

獅童は顔で演技しすぎでは・・・?

ついでに謙ちゃんも?(こりゃ、問題発言だな)

トゥモロー・ワールド

先日観てきました「トゥモロー・ワールド」

初っ端から心拍数の上がる展開でスタート

セオ(クライブ・オーウェン)の元妻ジュリアン(ジュリアン・ムーア)の死も、「こんなに早く?しかも、あっさりと?」と思うほど大胆に展開(演出としてはチープ?)

テーマとしては「有り得なくもない?」という感じ、そこそこ説得力もアリ

設定やストーリー展開には不足な点もあるけど、戦闘シーンは長回しで撮られていて出来は結構リアル

「こんな長いシーンって、リハーサルはどうしてんだろ?」と心配してしまった

週刊ポストでの映画評は良かったみたいだけど、興行的にはコケタのかな?

でも、クライブ・オーウェンの渋い存在感は○

2006年12月10日 (日)

何日か前に

ちょっと前の話だけど、何曜日だったろう

小雨が降る午後5時頃?

車を運転しながら、ふと左前方に目をやると

花火!!! ???

しばらくしてまた一発、間隔を空けながらまたまた一発

?????~?

なんでまたこんな時期に?

どっかの祭り?

しかも、この寒空に?

気になる~

ってことがあった

2006年12月 7日 (木)

いじめた方は出席停止?Ⅱ

先日の記事で「いじめた側には、懲戒ではなく愛情を与えるべきだ」って書いたけど

今日のニュースの「いじめを相談した後輩を暴行、定時制高3生ら4人逮捕」を見てがっかり

やっぱ、この前の意見は訂正

優しく愛情をそそぐのは小学生くらいまでかな?

中学、ましてや高校まで年齢がいってしまうとダメかもしれない

いじめるヤツはそれと同等の罰を与えましょうか?

でも、罰を与えたところで、人間性なんて簡単に変わらないんだよね

バカは死んでもバカのまんま

長~い目で見て「紆余曲折の結果、段階的に進歩する」事を期待するしかないのかな~

厳罰化 >> 部分的緩和 >> 適正化?(修正?) >> 適正化?

こんな式で書いたみたいに簡単にいけばいいけど、どんだけ掛かるんだろ?

何十年? 何百年? まさか、何万年?

問題視されている出来事は、社会全体が絡み合っての結果だし

そろそろいい子にならないと篩いで落とされるよ

2006年12月 6日 (水)

母という名の敵

母にはいつもすまないと思っている

心配をかけ、いろんな面で迷惑をかけ続けているわけだし

しかし、母は俺を完全に否定する

いつも同級生と比較し、近所の同世代と比較し、常に俺をダメ人間だと言う

数ヶ月前までは口論にもなったが、最近は言い返してもムダだと分かっているので、二言くらいで憤慨しつつも押し殺す

思い返すと、母にはまったく褒められた記憶がない

良くできて当たり前、常に父を引き合いに出して

「あこがだらしない、ここがダメだ。父さんはあんなに頑張っているのに、お前は怠けてばっかりいて・・・」と言われ続けてきた

自分の母親をつかまえて言うのもなんだが

「女とはなんて愚かなんだろう?」と思うことがある

自分の息子が何を考え、どんな風に人と接し、そのうえでどの様な行動をとっているかはまったく想像しない

家にいる、自分が見ている姿がすべてだと思っている

別に自慢げに語りたくもないし(実際、自慢するような事もないが)、家に帰ってまで気を張っていたくないのでどうでもいいのだが

世界中で一番俺を評価していない人物、それは母だろう

2006年12月 2日 (土)

再チャレンジとはいったい?(偉そうに語るの巻)

過ちを犯すことによって罰を受けるのは当然なのかもしれない

凶悪な犯罪が頻繁に起こり、その加害者が少年である場合も多くなっている現在

少年法や教育基本法の改正によって厳罰化に拍車がかかる傾向は仕方ない事かもしれないが、更生を支援する、促すという側面から考えるとどうなのだろう?

安倍総理の言う「誰もが再チャレンジできる社会」とは、具体的にどのような社会なのだろうか?

どうも、「経済界の再チャレンジ」は応援されても、「社会一般の再チャレンジ」はしにくくなるような気がしてならない

非常識な行いをする方が悪いのは判るが、あまりにも法的規範で引き締めを図ると

「例外を認めない」ような風潮になりはしないだろうか?

ついこの間まで叫ばれた「個性を伸ばす教育」、などといううたい文句は何処へ行ったのか?

「愛国心」がどうとか言う前に、もっと大切な事があるのでは?

まずは、個々が「人としてどうあるべきか」を再確認すべきではないか?

まぁ、正しいと思っているからこそ、おかしな方向にそれるのだろうが

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