« なんだかとても・・・ | トップページ | 結局・・・ »

2006年11月21日 (火)

最期にすること

じいちゃんが亡くなって4ヶ月、早いもんだ

いまだに引きずるってことはさすがにないが、たまに、病院へ見舞いに行った時の事を思い出す

癌による体調不良に何ヶ月も悩まされていたじいちゃんだったが、亡くなる3週間くらい前になって、自分から入院したいと父に申し出た

体力的な不安と、何より腹部の痛みに耐えかね決心したようだった(今年に入ってから腹水が溜まりだし、みぞおちの下辺りに柔らかな突起もできていた)

入院当初は比較的元気で、薬も効いているせいか食もすすんでいた

しかし、10日ほどたった頃から、しだいに食事を残す量が増え弱々しくなっていった

亡くなる1週間前には寝返りもやっとの様子で、それまでトイレには杖を突きながら行っていたようだが、その頃には手を引いて行ってやったりもした

その日、じいちゃんに渡されたものがある

前の週にじいちゃんに頼まれて持って行った手帳、走り書きで何か書いてある

それは、自分が死んだ時に連絡する人、葬儀に関する取り仕切りを頼む人などだった

じいちゃんは入院する前から死期を悟っていたようで、「ばあちゃんの所へ寄ってこれなかったな~」と悲しげに言ったり、「4月に換えたお前の車、乗せてもらえなかったな~」と笑ってみせた

おれは、「また元気になってばあちゃんのとこ行こう、車もいつでも乗れるよ」と言って励ました

亡くなる前日、半日ずっと付いていたが、水以外いっさい口にせず起き上がることもできなかった

でも、近所の人や県外の親戚が見舞いに訪れた際には、受け答えもでき冗談を言って笑わせたりしていた

しかし、2人きりの時には、初めて「痛い! 苦しい!」と言ってまぶたを手で覆った

そんな状態であっても、看護士さんには絶対弱音は吐かない

おれはじいちゃんのお腹をさすりながら、「もうちょっとの辛抱だよ」と心の中で呟いた

じいちゃんは亡くなる何日か前、母にこんな事を言っていたようだ

「おれみたいな年寄りが死ぬのはお祭りみたいなもんだからいいんだよ、大勢の人が集まってくれるし。」

そして、じいちゃんがよく言っていた言葉

「本当の友達は一生のうちに何人もいない、当てになる人間は本当に少ない」

« なんだかとても・・・ | トップページ | 結局・・・ »

コメント

こんにちわ^-^
けんけんさん~♪
早乙女です。

元気出してね・・・
おじいさんもけんけんさんの健康が一番好きじゃないかなと思います^-^
死を見つめることで、見えてくるものがありますよね。
私も精神を病んで、この身体の尊さが感じられるようになりました~☆

いらっしゃい、早乙女さん
言い方は大袈裟になるけど、俺にとってじいちゃんは偉大な存在だった。
俺の健康面がじいちゃんの病気に少なからず影響していたと思うし、俺の奥さんと子供を見せられなかった事が残念でならない。
突拍子もないことだけど、強烈な記憶はDNAとして遺伝していくんだろうね。

この記事へのコメントは終了しました。

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/15858/4266722

この記事へのトラックバック一覧です: 最期にすること:

« なんだかとても・・・ | トップページ | 結局・・・ »

2017年2月
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28